何かと伝わりづらい「使い心地」。
毎日使う製品は、触れていて気分が良くなるほど使い心地が良くあって欲しいものだろう。
バッグや傘といった外に持ち運ぶものから、バス・トイレなどの掃除グッズ、あるいはリビング雑貨や洗面台グッズなどなど、毎日使う製品というのはあげたらキリがないほど身の回りに溢れている。
そんな中でも忘れてはならないのが、キッチン雑貨だ。
最近では大きなショッピングモールに行くと必ずと言っていいほどキッチン雑貨を取り扱うショップが出店しているため、誰しもが毎日使う製品だからこそ、一度は店内に入ったことがあるのではないだろうか。色々なメーカーの製品を取り揃えるセレクトショップ的な店舗が多いが、その中でもよく取り扱われているメーカー「marna(マーナ)」をご存知だろうか?
株式会社マーナは東京浅草に本社を構える老舗生活雑貨メーカーで、創業は1872年まで遡る。最初はブラシ・ハケの製造から、近年はキッチン、バス、掃除関連雑貨を開発・販売している。
代表製品としては「おさかなスポンジ」「ブタの落としぶた」「立つしゃもじ」「Shupatto コンパクトバック」などがあるが、2019年から販売の「GOOD LOCK CONTAINER 調味料ポット」はキッチン雑貨を取り扱うショップでほぼ必ず見かける定番製品だ。
キッチン雑貨を取り扱うショップだと箱から出されて陳列していることも多いため、メーカーで選ぶことはあまり多くないかもしれない。ただ、その製品一つ一つには伝わりづらい「使い心地」やメーカーの想い、ひいては開発者の想いが詰まっている。
今回はそんな開発者の想いを伝えるべく、隅田川のほとりにある本社ショールームにて開発担当の谷口 諒太氏にお話をうかがった。
自分の製品を直接お客様に届けたい想いから始まったマーナでのキャリア
ーー最初に、現在のお仕事内容を教えてください。
谷口 諒太氏(以下、谷口):株式会社マーナの開発部に所属しており、プロダクトデザイナーをしています。主に製品の企画や設計、進行をする役割でチームリーダーも担っていて、調味料ポットではメインのデザイナーを担当しました。
ーーマーナに入社された経緯を教えていただけますか?
谷口:マーナに入社するまでは主にメーカーでBtoBのプロダクトデザインをやっていました。例えば意匠を例にすると、以前の環境だと意匠を完成させるところで僕の仕事は終わりになってしまうんですね。
それだとどうしても最後のお客様に届けるところまでを自分で完結できないであったりだとか、自分の企画した製品をお客様に届けたいという想いがあって、BtoCのメーカーに行きたいなとマーナに入社しました。
ーー今回ご紹介いただくのは調味料ポットということなんですが、料理はされるんですか?
谷口:そうですね。
マーナに入る前から料理をよくするんですけれども、調味料入れっていいものがないなと思っていて。例えばヒンジが壊れたり、蓋が取れてしまったり。これを解決したいなという想いは、入社の時からありました。
5つのコンセプトに基づいて開発された調味料ポット
ーーそれでは改めて、今回の製品について簡単に教えていただけますか?
谷口:密閉性がありながら、簡単に開くことができる調味料ポットです。
従来の製品というのは密閉性があっても開けにくいか、開けやすいけれども密閉性がないかの二つが多かったんです。社内メンバーにヒアリングを行っても調味料が固まってしまうという不満を持ちつつ、ある種それが当たり前のものとして受け入れられてしまっている現状がありました。
ですので、密閉性がありながら簡単に開くことができるものであれば、ニーズがあるんじゃないかなと思い開発しました。
ーー先ほどのお話でも入社の時からというお話がありましたが、そのあたりはいかがでしょうか?
谷口:最初は個人的にやりたいという想いから着手を始めたんですが、お客様の声を拾っていくと一番の不満が「調味料が固まること」であることがわかったんですね。そこからうまく組み合わせていいものができないかなということで生まれた製品になります。
ーー特にこだわった点はどのあたりでしょうか?
谷口:密閉しつつワンタッチで開けられるという構造と、スプーンを無造作に入れても調味料に埋もれないという2点が最もこだわったポイントです。
ーー開発段階のサンプルをたくさんお持ちいただいているので、そちらを見ながら開発経緯を教えていただけますでしょうか?
谷口:まず容量の検討からですね。そもそもスプーンを乱雑に入れても調味料に埋もれないというコンセプトがあったんです。ただ埋もれないことだけを追求すると、今度は満量(規定量まで満杯になること)になった場合にスプーンが飛び出してしまって、蓋ができないという課題がありました。
なので、箱の縦横比とスプーンが埋もれない長さ、お客様が欲しい容量の3点を加味して容量の検討をしたのが最初の段階で、ちょうどこの辺りのサンプルになります。
谷口:サイズが決まってきたら、あとは外観のスタイリングをどうしよう、フタの形をどうしようかと次のフェーズに移っていきます。
ーーコンセプトというお話がありましたが、改めて教えていただけますか?
谷口:特徴としては、
密閉ができる。
ワンタッチで開く。
すりきりができる。
雑に入れてもスプーンが埋もれない。
満量位置が何となくわかる。
ということで、このすりガラス調になっているのが、満量位置という風に表現しています。
一番時間がかかった、パッキンの開発
ーーそのコンセプトについて詳しくうかがっていきたいのですが、まずは「密閉」に関して、フタの開発経緯を教えてください。
谷口:目指していた姿は基本的にすごくノーマル。普通であったり、特徴があっても違和感を持たせないような、非常にシンプルな形にしたいという想いがありました。例えばボタンになじませるような形も試したりしたんですが、なんかちょっと作り手のエゴを感じるなって思ったんです。なので、フタとして最適な形を出そうということで今の形になっています。
加えて、普通でありながらやはり市場の類似製品よりも高額ではあるので、安っぽく見えないようにのにしようという想いがありました。フタの後ろのところをわざと膨らせているのも、薄べったい板がただ乗っていると、どうしてもチープに見えてしまうので、このヒンジの部分をうまく目立たないようにこういった厚みを持たせて少しでも高級感、高品質感が出せるような仕上がりにしています。
ーー「密閉」となるとゴムパッキンも重要ですよね?
谷口:実はすごくわかりづらい試行錯誤がパッキンでした。このパッキンのヒダによる密閉力とこのヒンジの力のバランスが非常に重要になっています。
密閉力が強くするあまりヒダでフタを固く閉めてしまうと、ヒンジの力だけではフタが勝手に開いてくれないです。なので、お客様が手に取って”ボタンを押すことで生じる跳ね上げる力”と”パッキンの密閉力”と”ヒンジの力”を絶妙なバランスで調整しています。ボタンをやっと押し切ったところで”パッキンの密閉力”を”ヒンジの力”が上回り、自動で開くようになっています。
というここのパッキンのヒダのバランスを検討するのが、もしかしたら一番時間がかかっているかもしれないですね。
ーーそれほど苦労されたヒダとヒンジですが、パッキンとして一つにまとめたことによって大変だったところはありますか?
谷口:これ僕のエゴなんですけど、類似製品などフタがついた製品って開く時に勢いがつきすぎてバウンドしてしまうものが多いんですが、それがすごくチープに見えるのが嫌でした。
なのでヒンジの力をただ上げれば良いと言うことではなく、弱くすれば代わりに密閉力が上がるという難しい調整が必要になります。一体化させることで密閉力を気にしながら開く勢いの調整もしなければならなくなり、より一層難しくなったというのがパッキンで大変だったところですね。
簡単にフタが開くことを目指し、ボタンを採用
ーー先ほどもボタンのお話がありましたが、「ワンタッチで開く」という点についてはいかがでしょうか?
谷口:モデルもない最初の頃のお話なんですが、パッキンをつけて何かしらの負荷(力)をかけてフタを開けるとなると、自分で押さないと開けられないよなと。他の方法も検討したんですが、違うよな違うよなとなり、じゃあボタンだねってすんなりと進んだところではありますね。
ーーパッキンとも関わり深い仕組みですよね。
谷口:そうですね。ヒンジが一体になっていることで、どうしてもボタンとか簡単に開く動作がないと、社内モニターの被験者が簡単に開けられませんでした。
なので一番の目的は密閉性を保つことで、簡単に開けるにはどうしたらいいか?となりこのボタンが生まれ、奥に開く構造なった経緯があります。
しっかりすりきりが可能で、調味料に埋もれない絶妙なすりきり板の位置
ーー次に「すりきりができる」点も教えてください。
谷口:すりきりの形を検討する際に、まずは手の動きを考えると斜めについていた方が良いんです。ですがこれをしてしまうと右利き左利き、片方の人にしか合わなくなってしまいます。
ーー確かにすりきりの形は斜めの方が本来は使いやすいですよね。
谷口:加えて、最初は斜めになっているもののように板ではなく棒を想定していたんですが、例えば塩を何度もすりきると、すりきった塩がどんどん溜まってきて溢れてしまうことがわかったため、板にしています。
ーー「雑に入れてもスプーンが埋もれない」というのも、近いお話でしょうか?
谷口:こちらもすりきりで解決しているんですが、このすりきりはスプーンが引っかかるような位置になっています。しかし本来はもっと手前側にすりきりがあった方がすくいやすいんですが、そうしてしまうとスプーンを雑に入れた際に調味料へ落ちてしまい、あと満量になった時にはみ出てフタが閉まらなくなってしまう。
そのため、現状の位置がスプーンも埋もれず、左右どちらでも使える絶妙な位置になっています。容器全体の長さと合わせて調整した形ですね。
ノイズの少ないすりガラス調のテクスチャ
ーー最後のコンセプト「満量位置が何となくわかる」についても教えてください。
谷口:お客様がどこまで調味料を保管して良いか分かりやすいように、満量位置を示そうと思っていました。最終的にすりガラス調にしたのはギリギリまで悩んでいたところで、他の案としては印刷をして何かしらここに線を入れるというのと、あとは内側に段差をつけて外見からわかるようにするなどがありました。ただなるべくそういったノイズというものを排除したいなということで、さりげない表現に落ち着きました。
形状に込められた、マーナとしての想い
ーー全てのコンセプトに基づいた経緯をご説明いただきましたが、丸みを帯びた容器の形状にも何か秘密があるのでしょうか?
谷口:実はこういったよく動かして安定しなきゃいけない道具って普通こんな大きな丸みを持たせないんです。直線が主体の形状の方が安定して置けるしガタつかないというのがあるんですけれども、私たちマーナはお客様に優しい形というのを提供したいなと思っています。
それは触り心地もそうですし使い心地もそうなんですけれども、直線的な形だと何か優しさを感じないなと思っています。安定感は正直無くなってはしまうんですけれども、それでもこの柔らかい形を提供したいなと思い、大きなアール(丸み)をつけたという経緯があります。
ーー確かにマーナの製品は柔らかい印象があります。
谷口:やはり人のためを想うブランドだと思っていますので、角がピンと尖ったようなものとか、冷たく体温を感じないようなプロダクトは作らないようにしています。
お客様にとって本当に必要な製品か、自分が欲しくなるか
ーー調味料ポットの開発経緯について、細かくありがとうございました。
この製品にかかったトータルの開発期間を教えてください。
谷口:企画から発売までおおよそ18ヶ月ほどかかっています。
ーー特に時間がかかったと仰っていたパッキンのバランスはどの程度かかっていますか?
谷口:半年ぐらいはやっているんじゃないだろうか?と思います。
ーー1つ1つの製品にかける熱量に驚くばかりですが、普段プロダクトを製作する際に、気をつけていることがあれば教えてください。
谷口:お客様にとって必要かどうかというのはすごく気にしているポイントです。例えば技術であったり、素材の性能であったり、素晴らしいものは世の中にたくさんあるんですけれども、本当にそれをお客様が求めているのかどうかというところは非常に気にかけるところです。
ーー実際にお客様が必要としているかどうかはどう判断していますか?
谷口:企画の段階でお客様、またはユーザー層に近い社内の人間に企画の説明をして、どれほどこの製品を購入したいかという気持ちを聞いたりしています。
それと月並みにはなってしまうんですけれども、自分が欲しいかどうかというのも非常に重要なポイントで、これが自分で欲しいと思えないものは、やはりお客様にとっても響かないものが多くて。割と誰もが思うところではありますが、そういった自分がお客様として欲しいかどうかというのは大事にしています。
「マーナらしさ」≒「人間らしさとか人の体温を感じるようなデザイン」
ーー今まで担当された製品の中で、思い入れが強いものがあれば教えてください。
谷口:入社してすぐに掃除道具の定番となるものを作ろうというプロジェクトがありまして。
それが自分の中でも大きな節目となるプロダクトでした。
ーーこの空間にございますか?
谷口:このあたりですね。その中でも色々なデザイナーが入っているんですが、一番のキープロダクトがこのお風呂のブラシと言われているものです。
谷口:このシリーズが生まれる時まで私たちの製品ってお客様の方から「便利な製品」とか「アイデアグッズ」と言われている印象がありました。
でもやっぱり欲しいものってそいうものではなくて、家に置きたいものって本当の定番で使いやすいものが欲しいよねという話から、まずお風呂の掃除道具からその切り口で製品を作っていこうかという話になったんです。じゃあどんな掃除道具だったらコンセプトに合ってマーナらしいのかと試行錯誤していた時に、掃除道具の原点って「たわし」なんじゃないかという話になったんですね。
それをマーナらしく現代に進化させたらどうなるだろうか?というプロトタイプがあのお風呂のブラシで生まれまして、このコンセプトだったらマーナらしい定番の掃除道具が作れる!というところからこのシリーズが生まれたという経緯があります。
なのでこのシリーズの、しかもその核となるお風呂のブラシが思い入れの強いプロダクトになります。
あ、これは僕がデザインした訳ではないんですが、携わったという意味ではこのブラシがすごく印象深いです。
ーー「マーナらしさ」とはなんですか?
谷口:実はまだ言語化できていないんですが、一つはやはり、お客様の為を想った優しい形。使いやすい使い勝手がいいではなくて「使い心地」が良いものを作っているのですが、それってすごくニュアンスで表現しにくいところではありまして、人間らしさとか人の体温を感じるようなデザインというのは我々らしさなんじゃないかなという風に今は定義しています。
手に取ったときに何かこう不思議となじむ形。
その物と人の間みたいなところを目指してディテールまで作りこんでいます。
生活雑貨を買う時に想起されるブランド「マーナ」を目指して
ーー今後の展望を教えてください。
谷口:個人的な話になるのですが、生活雑貨を買うタイミングって頭の中で、例えば調味料ポット買うなら無印見てみようかなとか、IKEAに行ったらオシャレなものあるんじゃないかなとか、想像すると思うんです。
そこで最初に想起されるブランドがマーナであってほしいなと言う風に思っています。
そう思うと、今のラインナップとしてはすごく歯抜けで、まだまだ暮らしのすべてを補えているラインナップではないかなと感じています。
その最初に思い浮かんでいただくブランドになるために、暮らしの中の道具を揃えていきたいというふうに考えています。
ーー最後に、この記事を見ていただいたマーナファンの方に一言お願いします。
谷口:見ていただいてありがとうございます。
もしかしたらマーナの製品と知らずにお宅にある可能性があるんですけれども。
知らずに買われたお客様もいらっしゃると思いますし、知っていただいて買ったお客様もいらっしゃると思うんですけども、これからはマーナというのを知っていただいた上で、やっぱりこの会社の製品いいなと思えるプロダクトをたくさん作っていきたいなと思っていますので、引き続きご愛好いただければ幸いでございます。
製品詳細
製品名:GOOD LOCK CONTAINER 調味料ポット
価格:¥1,078(税込)
材質:ケース/スチロール樹脂 フタ・すり切り板・スプーン・ボタン/ABS樹脂 パッキン/シリコーンゴム
容量:約370mL
サイズ:約68×95×155mm
他に、調味料ポットのワイドサイズと専用ラックも展開中
https://marna.jp/product/series/glc/