本記事は「モニターは生えるもの」を辞世の句にするガジェット好きライターが執筆する。
あなたがこの記事にたどり着いたということは、多かれ少なかれ映像制作に携わっている方だと思われる。あなたは画面の色味について、考えたことがあるだろうか。
映画や著名な映像クリエイターの作品を見た際、その画面から醸し出される空気感に圧倒されることがあるだろう。もちろんそれは画の切り取り方やライティング、編集によるところも大きいが、その中で大きな割合を占めるのが「画面の色味」だと筆者は考えている。
ミラーレス一眼の動画利用やYoutuberの台頭が顕著になってきた昨今、10万円クラスのカメラにもLog撮影機能が加わり、初学者であっても比較的手軽にカラーグレーディング(撮影後に色味を調整する作業)に挑戦することができるようになった。
しかしここで注意すべきは、色は見るデバイスや環境によって異なる点である。
テレビにはテレビの、WEB動画にはWEB動画に適した色域が存在し、それらは規格化され、多くの媒体はそれらに準じる形でデジタルデータから色を再現している。そのため「パソコンで作った映像をスマートフォンで見ると色が違う!」なんてことが起こるのだ。
ではこの現象を回避するにはどうするべきだろうか。
今回、本記事で紹介するのはColorEdge CG319X (以下 CG319X )という、EIZO社が販売している色にこだわる映像クリエイターに向けた32型の4Kモニターだ。
この製品のどこが「色にこだわる映像クリエイター向けのモニター」なのかについて、これまで数多くのモニターを所有し、また販売してきた筆者独自の視点で語っていきたいと思う。
ColorEdge CG319Xとは
EIZOのクリエイター向けモニターラインであるColorEdgeの中で、カラーキャリブレーション用のセンサーを本体に内蔵したCGシリーズの32型モデル。
この製品の大きな特長は、HDRへの対応を含め映像制作を多分に意識している点だ。流行りの色域であるDCI-P3と、4K/ 8K用の放送規格Rec.2020をフォローし、ビデオグラファーから放送業界まで広い範囲での利用を想定していることが見て取れる。 その他にも4K 10bit 4:2:2の入力に対応したHDMIや、互換性確認済みのSDIコンバータが存在するなど特徴の多い一台だ。
機能レビュー
早速各機能の特徴を見ていこう。と行きたいところではあるが、
まず一呼吸おいてEIZO ColorEdge シリーズについておさらいしておきたい。
ColorEdge とは
EIZO社が開発/ 販売している、ハードウェア・キャリブレーションに対応したクリエイター向けカラーマネージメント液晶モニターライン。大きく分けてCGシリーズとCSシリーズに分かれており※いずれもハードウェア・キャリブレーションは対応するものの、センサーを内蔵するかが大きな違いとなっている。
特徴① 内蔵キャリブレーションセンサーで正確な色再現性を担保
冒頭で上げた問題を解決するための手段として、最もわかりやすいのが「規格に合わせた正確な色を再現可能なカラーマネジメントモニターを導入し、正確性を維持するためにカラーキャリブレーションを定期的に実施する」ことだ。
これまでカラーキャリブレーションといえば別途センサーを用意することが当たり前で、メーカー純正品はあれど内蔵のモノは存在しなかった。そのため実施時には都度液晶本体にセンサーを接続する必要があり、また計測/ 調整中はモニターを使用できないという欠点があった。
しかしCGシリーズの登場により状況は一変。ユーザーは都度センサーを取り付ける手間から解放され、より手軽かつ定期的にキャリブレーションを実施することが可能になった。そして現在においても筆者の知る限り内蔵キャリブレーションセンサーを搭載しているコンシューマー向けモニターは無く、CGシリーズのみが持つ大きな特徴であると言えるだろう。
液晶モニターはその構造上、経年劣化により輝度の低下が発生するため、徐々に正しい色から逸脱してしまう。そのため定期的なメンテナンス(キャリブレーション)が必須なのだが、上記のような手間がかかるため、頻繁にメンテナンスを行っていたユーザーが少なかったであろうことは想像に難くない。
加えて、CG319Xにおいてはキャリブレーション中のモニター使用が可能なため(もちろんセンサー付近に非表示領域は生まれるが)従来、純粋な待ち時間でしかなかったキャリブレーション中の時間も事務作業などに充てることができ、作業効率の向上が見込める。
特徴②:HDRを正しく扱うことのできる表示性能
HDR ( High Dynamic Range )とは従来のテレビや映像で使用されてきたSDR ( Standard Dynamic Range)に対して広いダイナミックレンジを持ち、より広い明るさの幅を表現できる表示技術だ。
これだけ聞くと大変難しい内容に思えるが、ありていに言ってしまえば現行のSDRに比べ、より人間の目で見える景色に近づけるための技術と言えるだろう。
多くの読者も経験したことがあると思うが、カメラで明暗の差が激しいシーンや写真を撮った際、白飛びや黒つぶれが発生してしまうことがある。しかし我々の日常生活でそんなことは起こりえない。この事からわかるのは「実は現行のカメラに比べ、人間の目は非常に高性能に光をとらえることができる」ということだ。
近年のカメラセンサーやモニターの技術の発展によって、SDRよりさらに広い範囲での光を表現できるようになり生まれた技術がHDRというワケだ。
さて、そんなHDRだが重要なポイントは「いかにして光を電気信号に変換し、また光に戻すか」という部分だ。しかし、その技術的な背景や歴史を説明してしまうとあまりにも膨大になるためここでは割愛させていただく。
今回の製品を紹介するにあたっては、HDRを実現する方式として
・HDR10/ Dolby Visionなどで採用されている「PQ ( Perceptual Quantization )方式」
・テレビ放送などで採用される「HLG ( Hybrid Log Gamma )方式」
この二つが存在することだけ覚えていただければいいだろう。
CG319Xでは上記を両方フォローしており、制作する映像の媒体によって選択が可能となっている。また両者の方式を定めている国際規格「ITU-R BT.2100」に準拠する形になっているのも面白いポイントだ。
競合になりうるAsusやBenqの製品がそうであるように、HDR10やDolby Visionといった各企業や団体が提唱する規格ではなく、その基礎となる国際規格に基づいているのは「楽しむために見ることもでき、制作も使用可能」ではなく、CG319Xは「あくまでも作る側のモニターである」という設計思想に根差した、ある種の矜持と割り切りだと筆者は推察する。
それを裏付ける機能が「PQクリッピング機能」だ。
PQ方式時に使用が可能なこの機能は、設定した輝度を上回る輝度を持った領域をイエローまたはマゼンタでマスク表示してくれる。マスク機能だけでも十分な特徴ではあるが、この機能のポイントは名前の通りクリッピングにある。
他社製品においてはPQ方式の輝度はパネルの最大値あるいは自動調整となっており、既定の輝度でカットする機能は筆者の知る限り存在しない。これにより自分の手元にあるモニターではなく、視聴者が使っているであろう端末(スマートフォンやテレビなど)を想定してグレーディングを進めることが可能になるのだ。
一点残念な点を挙げるとすればパネルの輝度だ。
CG319Xの輝度は350cd/㎡ であり、一般的なモニターの域を出ない。リファレンスモニターではないことに加え、発売が2018年春ごろのため当然ではあるが、近年は有機ELパネルの採用が進みデバイスの高輝度化が激しい。2020年の秋ごろには競合のAsus ProArtシリーズで1,200 cd/㎡の製品が登場するなど、制作用モニターに求められる輝度も総じて上がってきている状況だ。
ColorEdgeシリーズは製品サイクルの長い製品群ではあるが、発売からすでに4年。おそらく1-2年後には出るであろう後継製品に期待したい。
特徴③:DCI-P3カバー率98%の広色域パネルと豊富なカラーモード
これまで広色域なモニターといえばsRGBやAdobeRGBのカバー率を言及することが多かったが、近年ここに加わったのが「DCI-P3」だ。DCI ( Digital Cinema Initiatives )を冠する通り、シネマ関連で多く見られる色域であり、Appleがこれをベースとした「Display P3」を策定/ 採用したあたりから、これに追従ないしは並行して各社が訴求しだした。
旧来のsRGBと比較した際にはよりRed Green方面が広くとられており、より鮮やかな緑や赤を表現できる。特にここ数年で登場したスマートフォンやPC用のハイエンドモニターで採用されることの多い色域だ。
CG319Xではこの色域を98%カバーできるパネルを採用しており、前述のキャリブレーションを行うことで限りなく元データに近い正確な色を再現することが可能だ。そのため特にWEB媒体で発信される映像を制作する方におすすめしたい。
スペック通りDCI-P3はカバー率98%、AdobeRGBではカバー率99%とかなり広い色域を持っていることがわかる。sRGBに至っては完全に飲み込まれてしまっているように見える。後述するRec.2020なども9割弱ほどカバーしているように思えるが公称はされていない。
また、カラーモードとしてはさらに多くの領域をフォローしている。
前述の「DCI」「PQ_REC2100」「HLG_REC2100」に加えて、4K/ 8K放送の色基準である「Rec.2020」や、従来のテレビ放送の色基準である「Rec.709」。もちろんAdobeRGBやsRGBなども備えている。
BT.とRec.について
詳細な解説は避けるが、基本的にはBT.○○は規格全体。
Rec.○○はその中でも色に関しての規格だと考えて問題ない。
先ほど述べた通りWEB動画にはジャストフィット、加えて発展段階の需要であるシネマ/ WEB/ 放送それぞれに対応したHDR動画の制作や、現行のテレビ放送に至るまで幅広い範囲の映像制作に対応可能な一台だ。
外観とポートに見る映像制作へのこだわり
ここまで各機能の中から特に注目すべき点(文章量の都合上、泣く泣く割愛した機能も多い。詳しくはメーカー公式ページを参照してほしい )にフォーカスして記載していたが、本項では外観とそれにかかわる点から、CG319Xの特徴を見ていく。
パネル解像度と外観
パネル解像度は一般的なUHD-4K ( 3840 × 2160 )より広いDCI-4K ( 4096 × 2160 )が採用されている。こちらもDCIの名の通り映画制作において使用される解像度であり、本製品がシネマ市場に対応する製品であることを強く意識させる。また、UHD4Kでの制作においても余剰ピクセルがあることで等倍表示をしながらツールパレットも表示できるなど優位性があるだろう。
外観の要素として特徴的なのは、一般のモニターにはない遮光フードの存在である。
色もまた人間の目がとらえた光のため、環境光によっては大きく色の見え方が変化してしまう。本体に付属する遮光フードは、室内灯や自然光の映り込みを避け、より正確な色を認識しやすくするために必要な装備品だ。
入力信号への対応
一般的なモニターと同様、下部には映像の入力ポートが備えられておりHDMI、DisplayPortがそれぞれ2ポートずつの計4ポートが存在する。いずれもDCI-4K 60pの入力に対応するほか、HDMIでは10-bit 4K 4:2:2、DisplayPortでは10-bit 4K 4:4:4に対応するなど、ここでも映像制作で使用することの多いフォーマットを意識している。
総評
パネルの輝度やHDCPへの対応状況など、発売時期による設計の古さは相応にみられるものの、EIZO社のハイエンドモニターとして十分な性能であると言える。主にWEBコンテンツとしての映像制作やHDR映像、また今後本格的な放送・シネマ業界での活動を見据えている映像クリエイターには特におすすめしたい一台だ。その正確な表示性能によって、作品の色づくりを強力にサポートしてくれるだろう。
また今回取り上げた特徴である、HDRにおける「PQ方式」「HLG方式」への対応や、色域・カラーモードなどは、その後2022年に登場したEIZO社の最新製品である「CG2700S」「CG2700X」にも引き継がれている部分であり、言い換えれば当時の想定通り市場が進化していることの証左でもある。
数年先の市場動向を読み切って製品を投入してくるEIZO社のモノづくりに、製品の一ファンとして今後も期待したい。